【リレートーク#5 尾見康博】つらいのがあたりまえなんて思わないで(後編)「教師なんだからあたりまえでしょう」はどこまで世界に通用するか?
(前編はこちら)
さて,問題になったのは帰国後です。コーチの怒号や罵声が飛び交うのがあたりまえの環境に戻ってきました。見学していて何度もいたたまれない気持ちになりました。おそらく,米国での経験によりコーチのそうした態度にはいっそう敏感になっていたのだと思います。米国でスポーツをしている子どもたちは,上手か下手かを問わず,本当に楽しそうにプレーしていましたが,帰国後はそういう楽しげな雰囲気を感じることは少なくなりました。
そんな経験を経て,ふと思ったんです。よく,米国は競争主義だといいますし,翻って日本の学校は悪平等主義と揶揄されることすらありますよね。私の経験は,そういうイメージとはむしろ逆だったわけです。子どものスポーツ環境という点でいえば,米国の方がよっぽど平等だし,日本の方がずっと「厳しく」(というよりは乱暴に)指導しているように見えたのです。
日本の部活の問題は,高校生の自殺に顧問の体罰が大きく関与していたと大きく報じられた2013年が一つの基点になっています。当時,私は帰国して日が浅かったこともあり,この事件に衝撃を覚えたことはもちろんのこと,その後の経過で,類似した事件がなくならないことに本当に驚きましたし,帰国後の経験という意味ではこのことも含め,結果として,部活を研究対象とする大きな原動力にもなりました。
コロナ禍においても部活は,その活動のあり方について議論になっています。部活は課外活動なので本来やってもやらなくてもいいものなのですが,たとえば高校野球の大会を中止すべきか,となると強い賛成と反対の意見が出て,通常の学校教育に関する議論よりも熱くエモーショナルになったりします。
部活という仕組み,それから部活で典型的に見られる習慣は,日本以外の国ではまず見られない独自なものです。そして,課外活動だからということで軽く考えるどころか,非常に重要な活動と見なされることが多く,ときに授業以上に優先されることすらあります。それが結果として教師の過剰労働に結びつくこともあります。また,部活によっては過度に閉鎖的で排他的な集団作りをすることで,ハラスメントや体罰の温床になってしまうこともあります。
教育という,他者と関わることで成立する職務の場合,本来の職務の範囲が明確ではない場面が多くあります。実際に,部活の顧問を担当することが任意であることを知らないという現役の教師の声もよく耳にします。そして,保護者や一般の人たちのなかにも,そして教師自身にも,教師の「職務」を過大にとらえ,「教師が部活の顧問を引き受けないなんておかしい」「教育者なんだから奉仕の精神があってあたりまえ」「清貧をよしとするのが教育者だろう」といった考えを持っている方もいるでしょう。
そのような考えの多くは尊いものであり,教育という営みをリスペクトしている証であるともいえるかもしれません。しかし,学校の外側の社会が大きく変動している中で,学校や教師がこれまでと変わらない期待に応え続けることは困難です。教師が多忙化している中で部活の過剰負担問題を解決することは時代の要請ということができるでしょう。とはいえ,これまで長らく続いていた慣習やしきたりを変える,とくになくしたり減らしたりする方向に変えるのは容易ではありません。
では,どのようにしたら変えることができるでしょうか。一つの方法として,私たちがふだん自覚していない価値観や常識を相対化することが挙げられますが,その相対化に文化心理学的な観点は役に立つと私は思っています。さいごに宣伝めいて恐縮ですが,そういう観点から2年ほど前に『日本の部活』(ちとせプレス)という本を書いているので興味のある方は是非手に取ってみてください。
(おみ・やすひろ)山梨大学教育人間科学部教授。1994年,東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中途退学。博士(心理学)。 グリフィス大学オーストラリア環境科学部 客員研究員(文部科学省在外研究員)などを経て現職。
主要著作に,The potential of the globalization of education in Japan: The Japanese style of school sports activities (Bukatsu).(Educational contexts and borders through a cultural lens: Looking inside, viewing outside. Springer, pp. 255-266, 2015年),Lives and relationships: Culture in transitions between social roles. Advances in cultural psychology.(Information Age Publishing, 2013年,共編)など。
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