【リレートーク#7 大浦絢子】Caregiver としての母親 ~エビデンスから考える母乳神話

  この「リレートーク」では、Thanks Caregivers Projectのプロジェクトメンバーが不定期に気持ちを語ります。第7回目は、文部科学省 国立教育政策研究所で専門職をされている大浦絢子(おおうら・あやこ)先生です。疫学がご専門の大浦先生は、5才の息子さんの育児に取り組みながら、専門職としてご活躍なさる毎日をお過ごしです。今回は、Caregiver としての母親&疫学の専門家として、育児もエビデンスベースで考える重要性についてお話しくださいました。




 こんにちは、大浦絢子です。国立教育政策研究所で国際調査に関わる仕事をしています。このプロジェクトでは、主に研究の量的分析のディレクションを担当しております。

 私はこれまで主に疫学の研究に関わってきたアカデミア寄りの研究者ですので、直接支援のお仕事にはついたことがありません。そのため、今回は何をお話ししようかしらと思っておりましたが、私には今年保育園の年長さんになった5歳の息子がおりまして。今回は「Caregiver としての母親」という立ち位置で、「母乳育児」を取り上げお話ししたいと思います。

 (写真上)お子さまとご一緒に研究会にご参加中の大浦先生。育児をしながらも研究もがんばってます!


 皆さんそうだと思いますが、子どもが幼少期の子育ては人によっていろいろ考え方があり、母乳育児のほうがいいとか、3歳になるまで母親は家にいたほうがいいとか、「昔からそういうものよね」という迷信めいたものもあったりしますよね。

 今は育児の情報はインターネットで簡単に調べることができますから、例えば紙おむつひとつとっても、どこのメーカーのどの機能が優れているとか価格はどうか、あるいは、そもそも紙おむつより布おむつがいいとか、少しでも自分の子のためにと、お母さんお父さんの多くがたくさんの時間をかけて考えていることだと思います。


 今は子育てに関する情報がたくさんあるので、子どもにとって何が一番良いかとたくさん悩みますよね。そして、昔はわからなかったことや情報すらなかったこともわかるようになって、子育ての方針が自分の親や姑さんとぶつかる、そんなこともあるあるですよね。ただ、ダイエットの方法がたくさんあるのと似ていて、とにかく子育ての情報量は無数にあるのと、どの情報もが必ずしも科学的な根拠があるものであるわけではないこと、このあたりが今の時代の育児をちょっと難しくさせているように思います。

 特に昨年からはコロナの影響で、「子どもの感染対策」まで考えなくてはなりませんでした。私も保育園が登園自粛になった期間は正直とてもしんどかったです。子どもに注意を払いながらの片手間の仕事なんてこなせるわけがないんですよね。この2年間の子育ては、皆さん本当によくやってきたと思います。


 さて、そんながんばっている、特にお母さんたちに向けて、本日取り上げたいテーマが「母乳育児」。母乳育児については、母乳の量や与える回数、何歳までが良い、粉ミルクの栄養価はどうなの?!など、さまざまな議論が錯綜している育児あるあるですよね。私が一人の親として思うのは、子どものためには、「正しい情報」を「過不足なく」知っていただきたいなということです。


 たとえば、母乳で育てないと母親の愛情が足りないといった心理的なお話し、今でも信じていらっしゃる方もいるかと思います。が、こちらはエビデンスがあるかないかという点のみでお話しすると、全く根拠はありません。今の粉ミルクはよくできていて、母乳とほぼ同等の栄養価を実現できています。そのため、母乳が粉ミルクよりも良いといったデータはないのです。


 ただそうはいっても、母乳育児はWHO発信で世界的にも推奨されていることが知れていますよね。様々な研究で、母乳育児をすることは、子どもと母親の健康に良いことが明確にわかっています。だから母乳育児をがんばって続けていらっしゃるお母さん、自信を持ってくださいね。ただし、がんばりすぎなくても良いということです。ここで私たち親が知っていたいことは、WHOが母乳育児推進で一番の課題としているのは、「先進国ではない」ということ”です。


 「健康に良い」というのは、国によってその水準が全然違います。医療水準が高い日本にいると、「健康に良い」とされるものの効果は生死をわけるものではない場合がほとんどです。結果的に風邪になりにくいとか、調子が良くなったとか、しかもその人に合ったものを選んでこそ感じるか感じないか、それほど「健康に良い」とされるレベルが高いのです。だから、日本に住んでいると、育児に関していうと、こどもの健康にほんの少しでも良いというだけで、そうではない選択がまるで悪だといわんばかりのプレッシャーを与えてきます。


 WHOが本当になんとかしたいのは、生きられたはずの命を救うこと、予防できたはずの病気を防ぐことです。例えば、医療が整備されていない発展途上国などでは、病気になりにくくなること一つとっても、それが達成できれば国全体の死亡率や寿命などの人口構造に大きく影響してくるほどの”革命”なのです。


 どれだけ革命的なことかというと、経済効果を根拠にすると、『The Lancet』の「Breastfeeding:母乳育児」シリーズで、2016年に発表された研究から、母乳育児を行うことで、世界で毎年発生する約36兆円(3,000億ドル)の経済損失を防げて、約82万人ものこどもの命を救うことができることが示されました。具体的には、母乳育児ではなかった子どものうち認知機能が低下したために発生する、医療費や働くことで得られたはずの経済効果などを計算してものです。


 もちろん日本では栄養価の高い粉ミルクが簡単に手に入りますから、私達はさまざまな事情に応じて粉ミルクを選べる状況にあります。品質という点でも安心ですよね。とてもラッキーな環境で子育てができているということです。そう考えると、乳幼児の栄養については心配ごとは減りますし、悩みすぎる必要もありませんし、今の時代の技術におんぶにだっこに、でもよろしいかと思うのです。

 

 そしてそのためには、「正しい情報を過不足なく」仕入れること、これが子どものためにさまざまな選択をするのに一番大事なことかと思うのです。私達親がそのくらいの心持ちで気持ちにゆとりをもって子育てにのぞめたら、きっとそれが子どもの心の成長にもしっかり届いていくのではないかな、そうであってほしいなと、私はそう願いながらゆるっと育児を楽しんでいます。


 最後に、ここまでエビデンスがあることが大事かのようにお話ししてきてしまいましたが、とはいえ疫学研究もしょせんは一部をターゲットにした「この集団ではこういう傾向があるみたいね」という程度です。すべての子どもに対して、すべての家庭に対して、すべての親に対して「これがいい」ということは全くなく、目にする研究の結果は、正しく読み取ることはもちろん大事ですが、悩んだ時にちょっと参考になるわねくらいに軽く捉えていただければ良いのではないかと思います。

 子育て真っただ中のお母さんお父さん、ともにがんばりましょう!



(おおうら・あやこ)文部科学省 国立教育政策研究所 国際研究・協力部  国際調査専門職。2016年 早稲田大学大学院 人間科学研究科 健康福祉科学領域 修了。博士(人間科学)。東京都健康長寿医療センター研究所、早稲田大学人間総合研究センターなどを経て現職。主要論文:The Association between Outbreaks of Scabies and Infection Control Practices at Special Nursing Homes in Japan (Journal of Physical Fitness, Nutrition and Immunology 26(1) 3 - 11 2016年共著),

Thanks Caregivers Project

援助が必要な人によりそう介護者や家族のみなさん、医療従事者のみなさん、教員のみなさん、そしてさりげなく電車で席をゆずってくれたあなたにも感謝したいサイトです。わたしたちはみんな、Careをgiveできる。すべてのCaregiverに、きょうのあなたに、ありがとう。